どうせあんたなんてエリート一直線ですすんできて挫折なんて知らないんだろうとか、だから鍛えられて無くてちょっとしたことが上手く行かないとすぐ焦るんだなんていう分析は俺に言わせると間違っている。
この人は何もかもが上手く行かないんだ。だからこんなに焦ってるんだ。
焦っている。がんばっている。何よりやる気が十分ある。なのに俺より手際が悪いのは、……どうしてかね。
小さな顔を覆っている細い手指。細い肩に身体。お世辞にも丈夫そうでない。それだよなきっと。
この人は本当は、こんな仕事に向いているタイプじゃない。体力無いしな。ただその猟奇的な性格が評価されているだけで。冷酷さと瞬発力はまあまあだけど、…持たないし弱い。そりゃもうかわいくなるほどに。
俺は初めからすべてを諦めている。バイトだし責任も取らされない。うーんその部分については「ハズだ」としか言えないけども。この会社酷いからな。
さっきからくすんくすんと泣いているこの人に声を掛けかねて、むやみやたらに缶コーヒーを飲んでいる。一本はこの人に渡してやろうと思って買ってきたのだが、…このままぼんやりしていると冷めてしまいそうだった。
「……飲みます?」
「うるさいっ! …もうあっちに言っててくれ」
拒否の言葉と受け取ろう。飲んじゃえ。おもむろにプルトップを開けてごくごく飲んでいたら計算機投げつけられた。
「貴様に慰められたくない! 分かった風な言葉など掛けて欲しくない! 心の中では蔑んでいるんだろ! あっちいけこのでくの坊!」
罵られるまま、でも立ち去れないのは、この人の言葉がよく分かるからだ。この人は俺より手際が悪い。多分…この人は俺よりも、か弱い。いざとなったらこの人の腕ぐらい、軽くひしげるんだろう俺は。
だからしみいるような悔しさもよく分かる。
「俺だって何一つ完璧にデキやしないオチこぼれですって」
あんたのことは尊敬してる、とまで口には出せなかったけども。
「ただいちいち落ち込めるほど、あんたほど真剣になれないだけです。……気にしない方がいいです」
がんばっただけじゃどうにもならないとか、誰も信用できないとか。
あんたは一番それを自分で、よく知ってるし、躯で嫌と言うほど、教わっているのだろう。
どんな苦しみがあんたの身の上に降りかかったんだろう。俺は想像してみる。しばらくがんばって、少し空しくなる。どう考えても上手くない。あんたの押しふさがるような絶望が、理解すら出来なかった。
俺があんたのために出来ることを考えて、ようやくそれらしく落ち着いたのが、こうしてあんたより弱そうなフリをすることぐらいだ。俺はおそるおそるあんたに声を掛ける。
「……いつまでもこんな所にいちゃ行けませんよ。…そう怒らないでくださいって。あんたは怒るとそりゃもう、おっかないんだから」
そっと、震える肩に手を掛ける。俯いた項が痛々しく細い。強情に顔を背けるその気概が、どうして身体を丈夫に作らなかったんだろうね。
不意にアレを思いだす。ユウェナリスの「健やかな身体と健やかな魂こそ宿れかし」というあれだ。
――この程度のささやかな願いすら、この人はすでに二つながらに落としてしまっていた。
(了 20080611)