"天の川"


 人はたくさん街中に歩いている。弊社には数千人の勤務者が居る。普段はその人達が帰宅し、きっちり着付けていたスーツを脱いで、どんな顔でくつろぐのか、とか考えないのと同じく、そういう人たちがどんな恋を語るのかなんて興味もないし考えない。
 だから。どこそこの局のなになに課のダレソレさんと、どこどこ部のナントカくんが相思相愛で出来ていて、休日にはこっそりデートして、職場の死角になるところでいちゃいちゃしていましたと言われてもふうんてなものである。一瞬、脳裏に彼らがそっと抱き合い、罪深そうに目を背けているようなシーンぐらいは後ろめたい妄想として嗜まなくもないが、それはさしたる関心事にならない。にこにこ笑って並んで座っている老夫婦を見て、ああ、あの二人はやってるんだな、と思わないのと同じ。確かに、確実に二人はやってるんだけれども、考えたくなるやっていると考えたくないやっているというものがあるだろ。我々理性ある人間という者は、往来に美人が歩いていたからといって、その子のパンツを瞬時のうちに想像するほどお下品ではないし、そう言う人は俗に変態、えっちと呼ばれるのだ。
 何かの弾みにふいとパンツが脳裏をよぎって、困ることはもちろん、男なのだし、あるにはあるのだが。

 アラクネアが他部署の二人の噂を聞かせてくれた。
 あの二人、付き合ってたそうよ。今度結婚するらしいわ。信じられない。
 眉根をよせ、吐き捨てるように彼女は言った。
 なぜです?
 だって同じ会社の人間じゃない。あたし、そういうの苦手なの。だって職場の人間同士で、家に帰ったらアレをするのよ?
 なるほど。…彼女らしい結論と言えば言える。確かに、アラクネアのパンツが脳裏をよぎることは俺にもない。
 もっともそんなことを口に出そうものなら、セクハラと言われたあげくに横っ面を張られるのが目に見えているので、黙っていたけど。
 俺はもう少しまともな意見を持ち出すことにした。
 そうはいっても、我々は日常の大半をこの会社の中で過ごしてるじゃないですか。
 それは、そうだけど。
 だったらそういう相手だって、社内で探した方が効率的だと考える奴もいるでしょうよ。
 もっともそれが、本当に効率的且つ健全な考え方だとは思わないけど。
 すると彼女は、しろしろと俺をみつめ、
 あんたって案外つまんないこと言うのね。
 と言った。

 動物と違って、人間と人間というのはめんどくさいものだ。いや、動物だって、多分めんどくさいと思っているに違いない。本社屋の裏路地に巣くっている猫だって、盛の春に盛大にやっているが、雄猫から逃げ回る雌猫の鬼気迫る表情を見ていると、猫に生まれなくて良かったと思う。猫に関して言えば、相思相愛でいちゃいちゃしているカップルを滅多に見かけないのは、猫のアレにとげのようなものがついていて、大変苦痛を伴うからだとかなんだとか、聞いたことがあるけど、本当なのかな。もしそうだとしたらいっそうに、相思相愛のほのぼのとした夫婦を見てみたい。そのくせ子猫を見る満足げな顔と言ったら。彼ら野良猫の身分がどんなものかは知らぬが、少なくとも街の浮浪者よりは生を楽しんでるようにみえた。
 ともかくも彼らにすら「相性」とかいう抽象的なものが存在し、動物は不思議なことに、ある個体にはぜんぜん何にも感じないのに、別の個体については、その後ろ姿を見ただけで、声を聞いただけで、あるいは存在を思うだけで、どきどきしてしょうがなくなるという現象が、確かに存在することは認める。いや、それは恋だの愛だのというあれ意外にも随所に見られる現象でもある。ブンビーさんに頭が上がらないのだって、それの類似現象というだけだ。苦々しい。

 あの課のあの人は、部下の女の子ほとんどみんなに手を出しているらしい。少しでも美人だと思えば直裁に口説くそうだ。でも誠実な所もあって、二股三股は掛けないそうで。…じゃどうして課を統治しているかと言うと、…前の女、今の女、未だ手をつけぬ女で構成されているから、意外ともめ事は起きないそうだ。面白いのは、彼を振るのはいつも女の方だということ。それでドンファンの絶対王政が確立している、という。
 まだそういうののほうが、信頼が持てるわね。
 しかつめらしく彼女は言う。
 どうしてです?
 だって遊びだと言うことを明確に打ち出しているじゃない。
 俺から言わせれば、そいつは単に外で遊べないダメ男のような気がしますけどね。
 でも少なくとも内外に禍根を残さないじゃないの。
 そうですか? 私は禍根、残しまくってる気がしますけどね。……だっていくら女性のほうから振ったっていったって。…かつては付き合ってたんでしょ。
 当人同士で自業自得だから、いいのよ。それに手をつけて生じるリスクはちゃんと背負ってるみたいだから。
 さらりと言ってのける。
 じゃ、仮定ですけど。…もしブンビーさんが貴女を口説いてきたらどうします?
 ブンビーさんが?
 およそ想定すらしていなかったようなところは、いかにも彼女らしく好感が持てる。この人は本当に、有言実行で裏表がなくて、衒いも飾り気もない性格をしている。
 しばらく彼女は考えると、ふ、と冷笑的な溜息をついた。
 あの人にそんな度胸があればの話ね。…意外と保身家だから、そんな甲斐性、ないんじゃないかしら。
 仮定そのものを否定するのはいただけないですね、と俺は返す。
 私が知りたいのは、ブンビーさんがそういう事をするかしないかじゃなくって、貴女があの人を箸か棒に引っかけるか、掛けないかと言う話なんですけど。
 あんたよりは引っかけるわよ。
 との即答に、俺はあそう、としか答えられなかった。
 まあ、パンツの問題もあったし、こちらもその件については特に反論はしない。
 
 そう言う距離感が心地よい、そんな男女もあるだろう。人間は動物ではない以上、と言う言い方は再三で動物に大変失礼だが、何にでもさかるというわけじゃないということだ。ただし、人間にも動物にも、さかりのきっかけは随所に転がっていて、いままでないない、と言っていた誰かが突然、おおありなあれになることだってあるのだが。

 俺より少しだけキャリアのある彼女は、今頃どうしているだろう。…思えばさほどの関わりもなく、なんかいつも別々に仕事をしていたような気がする。


 もう人型には戻れないし粉々に散ってしまったと思ったら、助かってしまった。
 さすが乙女。悪夢は霧散させられ、消えたわけではなかったらしい。あれだ。でもかわいそうだよ、助けてあげなよ、と誰かが言えば、罠にかかった醜い蛇蝎も救われるという心温まるお話だ。ふん。お粗末な。
 よしんば彼女らを絶望の淵にたたき込んだとしても、もう二度と元には戻れない、あの上司の人の運営する珍獣見世物小屋みたいなところで痛々しい、先のない余生を送るのだ、と思っていたから、余計この結果は拍子抜けした。気がついたら清潔な病院のベッドの上、というのは、ただの冗談か何かのようにすら思える。
 結局からだが痛んだのだって、あの無茶な巨大化のせいだったらしいし。
 酷い話だ。

 午後の診察が終わり、医者が立ち去ると、個室病棟は静まりかえる。午睡を貪る入院患者の醸し出す、暖かく柔らかい睡魔のようなものが、建物全体を包み込んでいるようだ。それでも俺の意識は霞がちながらもクリアで、焚きしめられる睡魔に容易に取り込まれない。ぽかんと目を開けて、どこかの病棟で誰かが見ているらしい、テレビのニュースの低く、ごく幽かなうなりを聞くとも無しに聞いている。天井には午後の光が満ちあふれている。雨が上がったみたいだ。
 この病院はどこにあるんだろう。上司も、同僚もいない日常。日々入れ替わり立ち替わりの看護婦と、医者がついているだけで知った顔には合わなかった。見舞いのようなものもない。もしかしたら全く違う世界の、全く見知らぬ病院に入れられているのかも知れなかった。

 ここでは誰も、俺を知らないのだ。それはそれでいっそ清々しい。俺の持つ知識も、人脈も、うわさ話のくだらない蓄積も、誰かに話したところで分かってもらえる筈もない。俺を親身に見てくれるあの医者に、ブンビーさんの物まねをしても笑ってもらえないのと同じように、あの課のあの子と、あの部のあの人が恋愛関係だとかなんだとかという雑学も披瀝のしようがないわけだ。なのに。
 今こうして、ぼんやり横になっていると、煙のように湧き出すのはそんなくだらない記憶ばかりだった。そう言えばあの二人は結婚式に会社の人を呼んだのかしら? 新郎新婦それぞれの直属の上司ぐらいは呼んだだろうけど、他はどうかな? いるだけでどこか葬儀屋じみて辛気くさいカワリーノさんとか、お調子ばかり良いブンビーさんとか。ブンビーさんは行くとか言っていた気もするが、あれ、お花だけ出す、だったっけか。手配しておいて、と言われてたんじゃなかったっけ。
 どちらにせよ、もう関係ない。
 携帯電話を取り上げようとサイドボードに伸ばした手を投げ出す。腕の骨もあちこちヒビが入っていたらしく、ご大層なギブスをしている。関節の方はようやっと治ってきて、腕は動くけど、酷く大儀だった。どうせ今まで一度も連絡も無し、見舞いもないんじゃ、とっくの昔にそのあたりは誰か他の人間が手配して、滞りなく慶事は行われたに違いない。なにも俺が気を回さなくても良いはずだった。
  
 きっともう、俺の居場所はない。

 あたりをはばかるように、そっと病室の扉が開けられる。もう検診の時間なんだろうか。今日もなんやかんやいって、きちんと昼寝が出来なかったな。
 ふわり、と香水らしき香りが漂う。女の気配だが、看護婦じゃない。彼女は来たときと同じようにそっと扉を閉めると、ばさり、となにやら暈高い花束を机の上に置いた。
 そういえば、そこには花瓶が置いてあり、なにかの花が生けてあったような。彼女はごく義務的に古い花瓶の花を引き抜くと、透明ビニールのかかった灰色のゴミ箱に捨て、作りつけの洗面台なんかと格闘して、水を入れ替えた花瓶に新しい花を生けた。
 病院に持ち込むには派手ななりの、何か奇妙な花だ。彼女の趣味なんだろうから口は挟まないけど。花弁の一つがポットみたいな形になっていて、その上に蓋がついている。食虫植物かなあ。気になるなあ。まあ病院の蝿取りにはなるだろう。あとなんかみょうにもったりした肉厚の鶏頭とか。あんなの、切り花で打ってるのかね。
 お見舞い、ですか?
 彼女が振り向く。緩やかにカールした髪の毛がふわりと揺れた。
 あら起きてたのね。素っ気なく言うと、折りたたみの椅子を引き寄せ、たっぷり5秒ほど掛けて、優雅にそれに腰掛けた。
 綺麗な花ってなかなか売ってないのよ。今日も5軒も探しあるいちまったわ。どこの花屋もユリだのバラだのって…。
 長い爪からはマニュキアが落とされている。化粧もいつもよりすこし薄い。香水はミス・ディオールをほんの少し。短いタイトスカートのかっちりとしたスーツ、という出で立ちは変わっていない。会社から直で来たのか。
 組んだ自分の膝の上に頬杖をついて、こちらを睨み据える。ちょっと怖いんですけど。お見舞いという割りには威圧感が。
 ようやく面会の許可が下りたんだから。
 へえ。今までは面会謝絶扱いだったわけですか。
 大変だったわ。がれきからあんたを見つけ出して、担いでタクシー乗せて。ここも高いの。一泊3万円に1週間よ。あんたの冬のボーナス、もう無いわよ。
 あの。生命保険は?
 一日1万円しか保障されてなかったわ。…こんな仕事に就いたんだから、もっと保障の良いやつも契約なさい。でないと大変よ。
 おっしゃるとおりですね。今度良い会社紹介してくださいよ。
 もう遅いわよ。
 彼女の言外には、もうあんたは解雇されたんだから、とかなんとか、そういうニュアンスが如実に読み取れた。まあそうだろうさ。退院したら職を探さねば。
 出し抜けに彼女は立ち上がり、ハイヒールの音も高らかに枕元に歩み寄ってきた。きつくつり上がった目もとには長い睫。少し疲弊した顔色。目の下には隈。
 白い、指の長い手がさしのべられ、そっと額にあてられた。ひんやりして気持ちの良い、彼女の手。
 熱もだいぶ下がったみたいじゃない。良かったわ。
 つい、と手が離れる。あ、もう少しと思った時はもう遅かった。
 比較的大丈夫な方の手が彼女の手を捕らえる。
 怪訝そうに眉を顰めた彼女の細い肩にそっと抱き縋り、唇を重ねる。反射的に身を引こうとした躯を、負傷した腕で可能な限りの強さでひしと抱きしめる。
 なあんだ。……案外境界を越えるのは簡単な気がした。あり得ないと思っていた相手が急にとてつもなく可愛らしく見えたり、きらきら光って見えたり、そういう。
 恋だの愛だのというととたんに陳腐化するあの特別な何かが、仮に道ばたに転がっているとしたら、案外ごろごろと大小様々、けっつまずきそうなほどに散らかってるのかも知れん。
 アラクネアは案外に無抵抗に、むしろ控えめに積極的に、舌を絡めてきた。甘やかな吐息が吹き込まれ、どう扱うべきか戸惑うような熱が、じわじわと躯の奥を犯すような気がする。
   ………何よ。図々しい子ね。
 余裕を装った語尾が震えている。そのまま彼女をベッドまで引っ張り込む。
 足腰も立たないくせに。昨日まで面会謝絶だったくせに! ハイヒールぐらい脱がせなさい。
 どうぞ。
 軽い舌打ちだけでご不満の表現は終わったらしい。素直に身をかがめて、片方ずつ華奢な靴を脱ぐと、ぞんざいに放り出す。身をかがめたときに見事な胸の谷間が見える。ふん。思いがけない役得だな。
 大けがしてるからってタフぶったりしてもダメよ。そんなの、似合いっこ、無いんだから。
 分かってますよ。
 男が女の胸に顔を埋めるとしたら、そりゃ多少以上の下心もあるとは思うけど、大概は安らぎとか癒しを求めてるんだよね。どこもかしこもエッジが立ってて、ものの考え方もその他様々な趣味思考も先鋭的な彼女の身体の中で唯一、柔らかくて優しげな部分。あー安らぐ。だからおっぱい星人なアナタは、ちょっとだけ自分の精神年齢を心配した 方が良いと思う。余計なお世話か。
 でもだって、貴女だってその気じゃないですか。入院してるときは、着脱が容易なように寝間着かパジャマでも前でボタンで留める奴を着用してください云々。いま俺が来ているのは入院患者お仕着せのあれだけれども、それの腰のあたりを結んでいる紐をそれとなく、器用に、解いちゃったのはどこの誰ですか。
 痛々しいわね。
 溜息と共に呟くと、するりと水のような手が体躯を撫でた。ガーゼらしきものが被さっている部分が数カ所あり、とくに脇腹のそのあたりはひりひりと痺れて、不意に外気にさらされてまたぞろ痛みが少し復活する。喉に、頤に、鎖骨に唇を落とされ、余計に切なくなる。喉が渇く。焦れる。
 毎日看護師さんがお風呂入れてくださるのかしら。思っていたより清潔ねえあんた。まだおむつのくせに。
 そりゃ、トイレに立てないんだもの。仕方ないでしょうに。
 そこに突っ込まれるとね、ちょっと応えるなアラクネアさん。入院自体は何回かしたこともあるけど、こんな感じで、まったく起きあがれなくて、まあ要するに下の世話をお願いせざるを得ない状況って案外、応えるんですよ。こればっかりは美人看護師が来るとちょっとどころか、かなり消え入りたくなる気分になる。あー出てますね。取り替えますね。あくまで義務的に、でも思いやり深く、丁寧な作業には感服させられる。おそらくたくさんの入院患者の尻を拭ったその手指には、機能と優美が兼ね備わっている。尊敬はするけど、お世話になる方はやっぱり、消え入りたくなる。
 …ところでその満身創痍の人に何をしようとしてます? ねえ。
 看護婦でない彼女はするりとスーツの上着を脱ぐと、ブラウスのボタンをゆっくり外した。黒い、レースの下着が豊満な胸を覆っている。
 外した方が良い? それともつけたままの方が好き?
 何か軽口で返そうと思ったけれども、何を言おうとしても言葉の元が喉の奥で焦げ付いてしまう。真っ赤になって、目を白黒させるぐらいしか今の僕には出来ることは。

 とかいうぶりっこも、この年じゃシャレにならん。

 ――は、外した方。
 ふむ。……案外健全ね。
 あ……。
 ホックがフロントだったのは幸いなのかな。不幸なのかな。ふくらませすぎた風船というほど無様じゃない、非常に形の整った、ビーナスの鏡像みたいな胸があらわになる。風船の、あれだ、空気入れるところにも似た先端は非常にバランスの良い、常識的な大きさで、高慢な彼女の精神にも似て、つんと済ましかえっていた。
 あとは?
 ど、どうしたいんです?
 包帯でぐるぐる巻きの指に、彼女がそっと長い指を絡める。手を広げようとすると鈍い痛みが掌から肘のあたりにかけて走った。彼女は捕らえた掌を自分の胸に置く。滑らかな肌の感触は満喫するには包帯が邪魔。
 一線を越えるの。
 当然、という獰猛さで噛みつくように言うと、アラクネアはそのまましなだれかかるように裸の胸を押しつけてくる。いや、無理。それは多分今は全然、無理。
 無理なの分かってて言ってるでしょ。
 頭をぎゅうぎゅう抱きしめてくる彼女に、俺は最後の抵抗を試みた。
 そうかも知れないわね。…あんたが元気だったら、多分こうしない。最後のチャンスよ。どうする?
 男と女の間に流れている暗くて深い川ですか。
 天の川ね。
 ふざけてないで…。
 私ね、書いたの。ちゃんと短冊にね。……昇進しますように、とか、皆で笑って次年度迎えられますようにとか、女の子じみたことを。去年。
 あんなの嘘よ。
 吐き捨てる。何よ、織姫なんて死んじゃえばいいわ。
 うん。多分彼女はとっくの昔に死んでいて、だから星なんじゃないかな。なんて。
 だって、全然無事じゃないじゃないの。もう嫌。ばかばかしい強盗ごっこも、絶望の闇ももうどうにでもなってしまえばいいわ。
 なめらかな額が鎖骨のあたりに押しつけられ、少し切なくなる。まあ確かにね。でも、天の川が貴女の曰く暗くて深い川ならば、それはお願い事なんて、叶わなくって当たり前なんじゃないですか。
 ねえ。私もう疲れた。今日はここで眠らせてくれない?
 それは酷くないですか? 生殺しってやつですよそれ。
 無理だって言ってなかった?
 だから。
 
  
 お帰りなさい。早く良くなって。

 母親のような優しさで呟くと、彼女はそっと目を閉じる。
 

(了 20080803)